生活歴を調査する理由 〜その人らしい支援のために〜
介護の現場では、「生活歴の把握が大切」とよく言われます。
しかし、なぜ「生活歴」にこだわる必要があるのでしょうか?ご家族や本人に生活歴を伺うなかで、「なんでそんなことを聞くの?」「介護保険に関係ある?」とご指摘をいただくことがあります。そこで今回は、ケアマネジャーとして「生活歴を調査する意味」についてお伝えしたいと思います。
■ 生活歴とは何か
「生活歴」とは、その人がこれまでどのような人生を歩んできたのかを示すものです。
生まれ育った地域、家庭環境、学業や仕事、結婚や子育て、趣味、人間関係、そして病気や苦労の経験など──。
つまり、「今のその人を形づくっている背景すべて」が生活歴と言えます。
介護支援の現場では、要介護状態になってからのことだけを見ても、真にその人を理解することはできません。
「どんな人生を送ってきた人なのか」を知ることで、初めてその人に合った支援の形が見えてきます。
■ なぜ生活歴の調査が必要なのか
① 「その人らしい生活」を支援するため
介護保険制度の理念のひとつに、「自立支援」と「尊厳の保持」があります。
この「尊厳の保持」とは、簡単に言えば「その人らしく生きること」を支えるということです。
たとえば、Aさんが長年料理を生業としてきた方なら、「味噌汁はだしをとることから」「買い物は自分の目で見て選びたい」といったこだわりを持っているかもしれません。
一方でBさんは、若い頃から家事を他の家族に任せてきた人なら、調理に関わること自体がストレスになるかもしれません。
このように「何を大切にしているか」「何を苦手としてきたか」は、その人の生活歴を知らなければ見えてきません。
生活歴を知ることで、画一的な支援ではなく「その人らしい心地よい暮らし方」を一緒に考えることができるのです。
②コミュニケーションのきっかけになる
生活歴の聴き取りは、単なる情報収集ではなく、信頼関係づくりの第一歩でもあります。
ご本人のこれまでの人生を丁寧に聞くことで、「自分を理解してくれる人だ」と感じてもらうきっかけになります。またそこから新たな会話(話題)が生まれ、より深く相手のことを知ることができるのです。
介護支援の現場では、この「信頼関係」が何よりも大切です。
生活歴を知ることは、単に“支援のための情報”ではなく、“心を通わせる手段”でもあるのです。
③ 支援方針を立てる上での重要な手がかりになる
ケアマネジャーにとって、生活歴はケアプラン作成の基礎情報になります。
その人がこれまでどんな生活を送り、どんな価値観を持っているかを知らずに、「自立支援」を考えることはできません。
たとえば、Cさんは、現在は足が弱り自宅内で過ごすこと増え、屋外に出ることが億劫になっています。生活歴を伺うと農業を長年されており、自宅でも畑で野菜を育てることが趣味だったそうです。そこでデイケアで園芸を取り入れたプランを提案。まずは座った状態でプランターで苗のお世話を行うことができるよう環境を整えてもらい、職員と行うことからはじめました。Cさんは今の自分でもできると自信を取り戻し、リハビリにも意欲的に取り組むようになりました。今では散歩する姿もみられるようになりました。
このように、生活歴を把握することは、「その人に合わせた支援の方向性」を定めるために欠かせないプロセスなのです
④認知症の方の行動をひも解くヒントにもなる
生活歴の理解は、認知症の方の支援でも特に大きな意味を持ちます。
認知症の方の行動には、一見「理由がわからない」ように見えるものが少なくありません。
しかし、生活歴を知ることで、その行動の“背景”が見えてくることがあります。
デイサービスに通う80代の女性・Mさん。
午後になると急にそわそわし始め、「もうこんな時間、帰らないと」と玄関へ向かおうとされます。
職員が「まだ帰る時間ではないですよ」と伝えても、不安そうな表情が消えません。
Mさんは長年、専業主婦として三人のお子さんを育てており、毎日幼稚園や小学校へお迎えに行くのが日課だったとのこと。その情報をもとに、職員は「今日はご家族の方が子どもさんを見てくれてるからゆっくりしてきてねとのことですよ」「子どもさんの送りに間に合うように送りますので大丈夫ですよ」と声をかけるようにしました。
するとMさんは、「そうねぇ、じゃあもう少しここにいようかしら」と穏やかに過ごせるようになりました。
👉 “午後の不安行動(帰宅願望)”は、母親として不安な気持ちの表れでした。──不安な気持ちに寄り添い対応することで、帰宅願望はみられなくなったのです。問題行動と捉えられることも本人にとっては困り事や不安からくる行動です。生活歴を知ることが行動の真意をひも解くヒントとなるのです。
■ 生活歴を活かす支援とは
生活歴を調査して終わりではなく、そこから「どう支援に活かすか」が重要です。
たとえば──
- 昔は花が好きだった方に、季節の花を飾る
- 音楽が好きだった方に、昔聴いていた曲を流す
- 料理上手だった方に、簡単な調理をお願いする
- 教育者だった方に、子どもたちの話題を共有する
こうした小さな工夫が、その人の笑顔や意欲を引き出し、できないことをできることに繋げることができます。
「その人の人生を大切にする支援」こそが、介護の本質だと私は思います。
■ おわりに 〜生活歴は“その人の物語”〜
介護支援の現場では、身体機能や認知機能などの「状態」を見ることが多いですが、
本当に見なければならないのは、「本人の視点」です。
介護者の視点でこうあるべきと考えてしまいがちですが、それが必ずしも本人の望む生活とは限りません。生活歴を知ることで本人にとっての望む生活を知るきっかけになります。生活歴の調査は、決して“業務の一環”ではなく、“その人の人生に寄り添う第一歩”なのです。ケアマネジャーにこんな話していいの?と思われる方もいるかもしれません。どんな話でも構いません。ぜひいろんなお話を聞かせてください。



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